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  • 2026.1.30

    ブログ

    金が「価値のない石ころ」に変わる日 ―― 駆け出しジュエリー作家の独り言 ――

    このブログは、普段お伝えしているパーソナルカラーの話題とは、少し異なる内容になります。

    私は当協会にて、教材やパーソナルカラーツールの開発・制作に携わるスタッフであると同時に、現在は駆け出しのジュエリー作家としても活動しています。

    パーソナルカラーの観点から見ると、金はイエローベースの象徴的な素材です。
    中でもK24(純金)は最もイエベ効果が高く、K18、K14、K10と純度が下がるにつれて、その効果は徐々に弱まっていきます。
    また、ピンクゴールドは金素材の中でも比較的ブルーベース寄りの印象を与える素材として位置づけられます。

    一方で、ジュエリー作家という立場から現在の金相場を見たとき、どうしても強い違和感を覚えずにはいられません。
    市場を煽る側でもなく、相場で利益を得ている立場でもない視点から見ても、今の金価格は実需から明らかに乖離した、かつてないほど歪な状態に映ります。

    その違和感こそが、今回この文章を書こうと思った理由です。

    1. 10年前との決定的な断絶

    ――「愛される金」から「投機される金」へ

    2015年頃、金価格は1gあたり4,500円前後でした。
    当時、金需要の中心にあったのは明確にジュエリー(宝飾品)で、世界全体の需要の50〜60%を占めていました。

    ところが2026年現在、その比率は30%前後まで低下しています。
    代わりに急増したのは、投資需要と各国の中央銀行による保有です。

    ジュエリー需要は価格高騰の波に飲み込まれ、静かに、しかし確実に縮小しました。
    金はいつの間にか「身に着けられる存在」から、「数字として保有される存在」へと変質してしまったように見えます。

    2. 「実用性」を失えば、金は価値構造を失う

    「金には不変の価値がある」とよく言われます。
    しかし冷静に考えてみると、金が数千年にわたり価値を保ってきた最大の理由は、それが美しく加工でき、人が身に着けたいと願う装飾品だったからです。

    つまり、圧倒的な「実用性(実需)」という土台があったからこそ、通貨や資産としての信用も成立していたのです。

    その実需が失われ、誰の肌も飾らず、どの産業にも使われず、ただ金庫の中で眠るだけの存在になったとき、
    金は価値の構造上、道端の石ころと同じ平面に落ちることになります。

    「使われない物質」に、永続的な価値は宿りません。

    3. ジュエリー原価から見える「買い手不在」に近づく恐怖

    私のような個人作家レベルでも、ジュエリーを製品として流通させるためには、
    最低でも原価の4〜5倍の販売価格が必要になります。

    仮に金価格が1gあたり4万円になった場合、
    1gのピアスで約20万円
    5gのリングで約100万円

    という世界が現実になります。

    超高級メゾンであれば成立するかもしれません。
    しかし大手であれ、中小や個人作家であれ、多くの現場では
    「どうすれば適正な価格で、良いものをお客様に届けられるか」を必死に考え、企業努力を続けています。

    その努力とは無関係なところで、投機によって価格だけが実需から切り離されていく状況には、正直、複雑な思いを抱かずにはいられません。

    そして結果として起きるのは、
    街のショップや個人作家の現場から、ゴールドという素材そのものが静かに消えていくという可能性です。

    想像してみてください。
    これまで2万円で楽しめていた「特別な日のディナー」が、
    ある日突然、「材料費高騰のため、今日から10万円です」と言われたらどうでしょうか。

    本当の末期症状は、怒りではありません。
    **「あ、じゃあもういいや」**と、関心そのものが失われてしまうことです。

    今、金の世界で起きていることは、
    まさにそれに近い現象ではないか――私はそう感じています。

    4. 脱ゴールド化は、不可逆である

    ジュエリー業界だけでなく、産業界でも「脱ゴールド化」は急速に進んでいます。
    ハイテク産業や歯科医療の現場にとって、価格変動の激しい金はリスクでしかありません。

    恐ろしいのは、一度確立された代替技術は、金価格が下がっても簡単には戻らないという点です。
    二度と戻らない業界もあるかもしれません。
    金が「不要」と判断された瞬間、その需要は物理的に消滅します。

    5. 「有事の金」という神話

    「有事には金」と言われますが、
    それは平時のインフラが機能しているという前提の上で成り立つ考えだと思います。

    もし通信や銀行システムが停止した世界で、
    あなたの持つ金塊を、誰が・どこで・いくらで換金してくれるのでしょうか。

    現在想定されている「有事」は、
    第二次世界大戦のように世界規模でありながらも、
    社会や流通が再構築可能だった過去の混乱とは異なり、
    全世界の流通や文化そのものが断絶、あるいは壊滅する破壊力をもったリスクを内包しています。

    出口を失った金は、有事においては
    「安全資産」ではなく、
    ただの重く、扱いづらい物体に過ぎません。

    極論ですが、有事の際には、
    金10キロと米一握りが交換される、
    そんな可能性すら否定できないでしょう。

    もちろん、ここまでの状況になってしまえば、
    何を持っていても元も子もありません。
    私が言いたいのは、
    「有事の金」や「安定資産」という言葉に、
    安心や判断を預けてしまうのは危ういのではないかということです。

    6. 安定資産としての金

    ここまで述べてきたように、
    金の価値は「使われること」と「交換できること」の両方によって支えられてきました。

    この二つの条件を踏まえたとき、
    金が安定資産として成立する場所は、
    上限と下限のあいだにしか存在しないと、私は考えています。

    一つ目は、需要の下支えです。
    人が身に着け、使い、交換し続けられる水準にあってこそ、
    金は資産としての意味を持ち続けます。

    二つ目は、最低限の貨幣価値です。
    どれほど価値があるとされていても、
    実際に交換できなければ、貨幣としては機能しません。

    この二つの条件の間にこそ、
    金が「安定資産」として機能している状態があると
    言えるのではないでしょうか。

    投資家が思い描く「安定資産」は、
    必ずしも安定を意味しないと、私は思います。

    安定資産とは、
    高すぎて需要を壊さず、
    交換や流通の現実性を失わない、
    人間が扱える範囲に収まっている資産を指すのではないでしょうか。

    その意味で、
    私には現在の金価格や今後の予想は安定資産としての条件から、
    外れているように見えてしまいます。

    7. 金は成長しない

    株と違い、金は何も生み出しません。
    配当もなければ、成長もしません。

    100gの金は、100年後も100gのままです。

    それすら十分に理解されないまま、
    後追いで多くの投資資金が流れ込んでいる現状は、
    どこかサブプライムローン崩壊前夜の空気と重なります。

    制作と流通の現場から逆算したとき、
    現在の金価格が持続可能でないことだけは、はっきりと感じます。

    8. ジュエリー作家としての抵抗

    ―― 美しさという命

    だからこそ私は、あえてこの世界に挑戦します。

    金は、人間が作ることのできない美しく希少な物質です。
    しかしそれは、「使われてこそ」価値を持つ物質でもあります。

    金が再び「多くの人の手に届く、血の通った素材」に戻ったとき、
    真っ先に「この美しさを身に着けたい」と思ってもらえるように。

    私は今日も、美しいジュエリーを追求し続けます。
    本来の金の価値を決めるのは投資価値ではなく、
    それを愛し、身に着ける人間なのですから。